階段から落ちた

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雑記

林、池辺、又吉の野球人生の分岐点。「行けるときにプロへ」という考え方。

2014年の記事を今更読むという。
又吉の

「社会人は選手の入れ替わりが激しいので、プレーできても2、3年だと言われた。だったら、仕事しながらではなく、独立リーグでがっつり2年間、やった方が悔いが残らないと思った。『変わってるね』って、相当言われましけど。そのとき応援してくれたのは、大学の投手コーチ1人だけでしたね。それと挑戦してダメだったんなら、先生になったとき、子どもたちに『夢はあきらめちゃだめだよ』って堂々と言えるじゃないですか」

がすごくかっこいいなあ。

しかし林…(´;ω;`)
駒大苫小牧初優勝の2004~2006の間でプロに行ったのってあの田中将大だけなんですよね。

2004年決勝の時は札幌の街から人が消えてたくらい皆が甲子園をみていた。
私もその一人でした。
2004年はオール北海道民だったり、準々決勝で涌井(現ロッテ)がいる横浜に勝って、決勝で鵜久森(現ヤクルト)に勝って、と決してくじ運が良かったこともなくちゃんと勝ち上がってきたのが熱い。
それでいてチーム打率.448のベスト4以上最高記録。
決して投手のレベルが低かった訳ではないんですが、いくら点を取られても負ける気のしない雰囲気がありました。
2004年か2005年か両方かちょっと忘れちゃったんですけど地区大会ノーエラーだったはず。
(甲子園でも2004年は1、2005年は2)
最後のショートフライはちょっとヒヤっとしたけどもw
あの試合をリアルタイムで見られたことは本当によかった。
当時の主将の佐々木が今監督をしてるのも熱い。

選手が集まって人差し指を立てるポーズ、「あとワンナウト」って言われてたんですが、実際は「優勝する」という意味だったらしいですね。
それくらい北海道勢が勝てるなんて思われてなかった。

ダルビッシュのいた2003年夏決勝の常総学院VS東北、2004年センバツ準決勝の済美VS東北、同年夏の3回戦千葉経大付VS東北すべて敗退し、ダルビッシュがいても「白河の関越え」はならずと言われていた所を、津軽海峡を越えてきた。
本当にかっこいい。
フィクションも大好きだけど、現実の感動はまた別の揺さぶられ方をしますね。

2004年(年度的に2005年かな?)に駒大苫小牧の入試に行った子は初優勝メンバーに握手してもらえたそうです。
レギュラーはすっごいモテてたみたいです。
皆彼女持ちだったらしいw

今年はネガ化を引きずっていてセンバツも夏も観られなくて、でも観ていたらこういうドラマがあったのかもしれないと思うと勿体ないんだ…(ヽ*´◯`*)

話は変わって。
初めて知ったんですが札幌南から高卒ドラ1がいたことにビックリしました。
札幌南って北海道1の公立進学校でスポーツ推薦はおろか学力推薦もない一般入試のみの学校なのです。
残念ながらプロでは通用せずクビになってしまったみたいですがそれでもすごいなあ。
いやまあ高卒ドラフト1巡目で指名した楽天は完全に狂っとるけど

いつでも嫁がかわいい